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目に見えない異変~細胞培養中の温度および庫内雰囲気変動の影響~

実験室のインキュベータという閉鎖環境では、細胞の自然な状態を再現する目的で、温度と庫内雰囲気の二酸化炭素(CO2)レベルを制御しています。哺乳類細胞培養ではホスト体内の細胞の環境を再現しますが、これはかなりの至難の業です。これには厳密に制御された温度と湿度の範囲内に維持された特定の混合雰囲気を持つ無菌環境が含まれます。典型的な細胞ベースアッセイの作業工程を考えると、いくつかの時点にわたって観察が必要で、たいていは、解析のために都度細胞をインキュベータの外に出す必要があります。その時の温度と大気雰囲気の変化が細胞にどのように影響するか、考えてみたことはありますか?

温度

穏やかな低温ショック(25℃)でも、細胞増殖が完全に止まってしまう可能性があることをご存じでしょうか?1主にホストの体温に基づいて、哺乳類の細胞増殖は37℃で最も効率がいいのです。2一般に、酵素活性とタンパク質合成は37℃で最適に進行しますが、温度が上がると敏感なタンパク質が変性します。一方で、温度が下がると、触媒反応とポリペプチド合成の開始が遅くなる可能性があります。3同様に、細胞の増殖も低温によって抑制され、31℃では、増殖期とも呼ばれるG1期が2倍以上に延びることが観察されています。2G1期の遅延は、初期の細胞増殖を加速するだけでなく、最終的なDNA合成と細胞分裂を遅らせます。インキュベータのドアの断熱不足やチャンバ内のサンプルの位置も培養温度に影響しますが、インキュベータの外で費やす時間は、セルヘルスに影響を与える可能性が高く、大きな、変化しやすい要素です。

37℃から実験室の室温(20~25℃)への温度低下は、細胞に悪影響を与える可能性があります。培養へのリスクは大きくない思うかもしれませんが、インキュベータ外で費やす時間の累積的な影響を考えると納得がいくでしょう。例えば、顕微鏡や解析機器がインキュベータのごく近くに配置されていない実験室では、外で費やす時間が長くなります。細胞のイメージングに費やす時間や移動の時間を考慮に入れると、細胞を取り出すたびに15分から20分間インキュベータ外にあるというのも特別な状況ではありません。細胞のモニタリングを繰り返し行う必要がある場合、期待する結果を得られるまでこのプロセスを1、2時間ごとに繰り返すこともあります。インキュベータから外に出す期間や頻度が増えるほど、短縮されたインキュベーション期間でサンプルを37℃に戻すことができる可能性は低くなります。

容器の容積と表面積が、さらに、培養物が冷える速度に影響する可能性があります。例えば、T-25フラスコは7.5mLまでの容量があり、T-75フラスコは、22.5mLまでの容量があります。well培養に関しては、96wellプレートは、1wellで200μLまでの容量があり、6wellプレートは、wellごとに2.9mLまでの容量があります。一般的には、容積が大きく表面積が小さいほど、保温しやすいです。結果として、フラスコ培養と比較すると、プレート培養の方が冷却が速く、well数の多いプレートが最も速く冷える傾向にあります。

庫内雰囲気条件

フラスコ培養もプレート培養も気密ではなくガス交換が必要となるため、インキュベータから取り出すと培養物は異なる雰囲気条件にさらされることになります。体積比で見ると、大気は、ほぼ80%の窒素、20%強の酸素、0.5%未満のCO2で構成されています。4

大気中の酸素濃度は20%強ですが、人体の細胞でこうした高濃度にさらされる細胞はほとんどありません。実際、ほとんどのヒト組織の酸素化は1%~8%の間です。5組織が過剰なレベルの酸素を与えられると、細胞は活性酸素種の生成によって損傷を受ける場合があります。したがって、インキュベータの酸素濃度を3%に設定すると、20%の酸素で培養したものと比較して、細胞増殖が劇的に増加することが示されています。6高湿度(理想的には少なくとも95%)も、効率的なインキュベーションには重要です。湿度が長期間95%以下に低下すると、水が培地から蒸発し、細胞の浸透圧の平衡に悪影響を及ぼします。

pH

細胞内のpHはプロトン濃度によって決定され、ATP産生からタンパク質の折りたたみまで、無数の細胞プロセスに影響を及ぼします。したがって、pHの調整が細胞の増殖能力において重要です。細胞培養においては、大部分の哺乳類細胞株がpH7.4で最もよく成長します。培養の方法は、一般的に緩衝系を用いてpHを目標範囲内に維持します。ここで、インキュベータ内の溶存CO2(重炭酸イオン)と最適に調整された(~5%(v/v))CO2雰囲気の間の平衡が確立されます。一定レベルのCO2を供給することで、培養培地バッファ内の水(H2O)と炭酸(H2CO3)の間の平衡が確実に維持されます。バッファはpHの変化の速度を遅くしますが、恒久的に変化を止めることはできません。

細胞をインキュベータから取り出すと、pHに深刻な影響を及ぼしうることをご存じでしたか?CO2濃度の低い(<0.05%)室内雰囲気への暴露によって、重炭酸イオン(HCO3-)が気体CO2として培地から離れてしまいます。水素イオンが結果として減少し、アルカリ性に移行し、pHの上昇につながります。アルカリ性は細胞の移動と細胞質の縮小を引き起こすので、特に有害であり、pH8.57、8周辺で細胞死に至ります。一般に、pHの変化を色の変化で可視化するように、フェノールレッドなどのpH指示薬が培地に添加されています。

 

その他の培養物の変動

インキュベータの理想的なインキュベーション条件からフラスコ培養物またはプレート培養物を取り出すことがミスの可能性を高めることは明らかですが、培養物の物理的移動自体がリスクとなります。接着培養法にだけ当てはまることですが、容器が押し合うことでもたらされる剪断力が、細胞接着に悪影響を及ぼす可能性があります。9

物理的な移動に加えて、実験室の照明が、培養物に悪影響を及ぼす可能性があります。培養培地のストック、培養添加物、調整済培地は、光分解を受けやすく、インキュベータから細胞を頻繁に取り出すことで蛍光灯照明の下でダメージを受けるので、しばしば暗所保存されています。

現存の細胞解析アッセイの課題に目を向けると、おそらく、目に見えない異変の回避方法を探したくなるでしょう。その際はIncuCyteを是非ご検討ください。

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References

  1. Neutelings T et al: Effects of mild cold shock (25°C) followed by warming up at 37°c on the cellular stress response. PLOS ONE 8, e69687.
  2. Watanabe I et al: Effects of temperature on growth rate of cultured mammalian cells (L5178Y). The Journal of Cell Biology 32, 309–323.
  3. Craig N: Effect of reduced temperatures on protein synthesis in mouse L cells. Cell 4, 329–335.
  4. Composition of the atmosphere | Climate education modules for K-12. Available at: http://climate.ncsu.edu/edu/k12/.AtmComposition
  5. Lloyd D et al: Avoid excessive oxygen levels in experiments with organisms, tissues and cells In: Advances in Microbial Physiology 67, 293–314.
  6. Parrinello S et al: Oxygen sensitivity severely limits the replicative lifespan of murine fibroblasts. Nature Cell Biology 5, 741–747.
  7. Mackenzie CG et al: The effect of pH on growth, protein synthesis, and lipid-rich particles of cultured mammalian cells. The Journal of Biophysical and Biochemical Cytology 9, 141–156.
  8. Taylor AC: Responses of cells to pH changes in the medium. The Journal of Cell Biology 15, 201–209.
  9. Tchao R: Fluid shear force and turbulence-induced cell death in plastic tissue culture flasks. Toxicology in Vitro. 9, 93–100.
  10. Wang RJ: Effect of room fluorescent light on the deterioration of tissue culture medium. In Vitro 12, 19–22.
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