ユーザーインタビュー

分子オリエンテッド
~分子から始まる創傷治療研究~

分子から始まる創傷治療研究(順天堂大学 横溝岳彦教授)

「私の研究室では、基本的にGタンパク質共役型受容体(GPCR)に関するテーマであれば何でも研究対象としています。ロイコトリエン(Leukotriene; LT)や12-ヒドロキシヘプタデカトリエン酸(12-HHT)という創傷治癒に重要な働きを持つ脂質メディエータとその受容体に関してはかなりの実績がありますが、それ以外の分子をリガンドとする受容体に関しても研究を行っています。もともと創傷治癒に強い興味を持っていたわけではなく、BLT2受容体研究の過程で創傷治癒に行き着いたというのが正直なところです。私の研究は”分子オリエンテッド”なんです。」


分子オリエンテッドな研究

横溝先生は産婦人科医として勤務されていた時、教授からの勧めもあって、プロスタグランジン研究の第一人者である清水孝雄教授のもとで研究を始められました。まずは脂質代謝酵素の研究から始め、タンパク質と脂質、DNAとRNAの取り扱いを学んだと当時を振り返ります。留学の準備期間中に受容体の研究に挑戦しようと考え、留学までの短期間での研究だからと、従来とは異なる手法でBLT1のcDNAクローニングを試みた結果、ロイコトリエンB4(LTB4)の受容体遺伝子を発見することになりました(1)。
ロイコトリエン(Leukotriene; LT)B4は好中球、好酸球、マクロファージ等の強力な走化性因子として作用します。

細菌が感染すると、通常は好中球が群れるように感染部位に集まります(swarming=群を作る現象)。BLT1をノックアウトすると好中球は細菌感染を認識できず、swarmingが起こらないので殺菌効率が下がり、細菌感染に弱くなります。また、気管支喘息で生じる気管支の炎症は主に好酸球によるものですが、BLT1をノックアウトすると好酸球の遊走が大きく減弱し、その結果、気管支の炎症が抑制されて喘息反応が弱くなります。 

「白血球の中でも好中球は細菌を攻撃し、好酸球は主に寄生虫を攻撃します。細菌感染は進化の長い歴史の中で、生物にとっての大きな脅威だったようで、BLT1以外にも好中球に細胞走化性をもたらす受容体が複数存在します。BLT1をノックアウトしても他の受容体によって好中球が遊走するので、細菌が感染しても致死には至らないようです。しかし好酸球はBLT1以外のバックアップが無いようで、BLT1ノックアウトマウスに寄生虫を感染させると好酸球浸潤がほとんど生じないのです。つまり、LTB4は好中球の走化性因子として有名でしたが、実は好中球よりも好酸球で重要な役割を持っていたのです。こうしたことは、分子を単離し遺伝子欠損マウスを解析して初めて分かることなのです。」


BLT1の親戚のような受容体BLT2の発見

BLT1受容体が白血球だけで特異的に発現する分子メカニズムを明らかにする為、BLT1の転写調節の研究を進めていた横溝先生は、BLT1遺伝子座の上流に別の受容体のタンパク質翻訳領域を見つけました。この遺伝子がコードする受容体とBLT1はアミノ酸配列の45%が同じである”親戚のような分子”でしたが、その機能はわかりませんでした。この受容体に30種類以上ものリガンドを試したところ、LTB4を認識することがわかったため、BLT2と名付けられたのでした(2,3)。

BLT2受容体は高濃度のLTB4を認識する受容体ですが、LTB4に対する親和性が低く、生体内に存在するLTB4の濃度では活性化されないため、他のリガンドが存在すると考えました。様々な臓器の脂質抽出物からBLT2へのアゴニスト活性を検索した結果、プロスタグランジン産生経路に属する12-HHTという酸化脂肪酸を同定したのです(4)。12-HHTは、創傷時など血小板が活性化されると大量に産生される脂肪酸として知られていましたが、その生理作用は全く分かっていませんでした。BLT2抗体を作成して、マウスやヒトの皮膚を染色すると、BLT2が皮膚のケラチノサイトに特異的に発現していることが分かりました。12-HHTはアスピリン投与により産生阻害を受けることも知られていました。横溝先生達は、以下のようにBLT2と12-HHTが創傷治癒に関連しているのではないかと考えて、実験を行いました。

図1

図1

「皮膚科の先生がアスピリンやイブプロフェンの服用者は怪我が治りにくいことを経験的に知っていると伺い、この受容体がケラチノサイトの遊走に関与している可能性が閃きました。BLT1とBLT2の発現細胞は違いますが、どちらも“細胞を動かす”細胞内シグナルを活性化する事は分かっていたので、BLT2はケラチノサイトを動かす受容体ではないだろうか、と思ったわけです。そこで、BLT2ノックアウトマウスを用いて、皮膚の創傷治癒を観察することにしました。」

マウスは傷の治癒が早く、3日程で傷の面積は約50%になり1週間でほぼ治癒します。創傷治癒のプロセスでは、まず血小板を含む痂皮が作られ、痂皮から傷を治す物質が放出されます。皮膚の線維芽細胞は傷口を収縮させて塞ごうとし、同時にケラチノサイトが傷の外側から内側に向かって移動して傷の表面を覆います。 BLT2受容体を欠損させても、繊維芽細胞が傷口を塞ぐ過程に変化はありませんでしたが、ケラチノサイトが傷を覆う速度は非常に遅くなりました。そこで、この過程をin vitroで検証するために、スクラッチアッセイを行う事にしました(参照:図2)

図2

図2

野生型マウスとBLT2ノックアウトマウスの新生児の皮膚ケラチノサイトを培養してスクラッチアッセイを行ったところ、12-HHTが無い状態ではどちらの細胞も同程度のゆっくりした速度で傷が治癒しました。ここに12-HHTを投与するとBLT2欠損マウスの細胞の治癒の速度は変わりませんが、野生型マウスでは治癒が亢進し、傷が1/2の時間で治癒することがわかり、12-HHT/BLT2経路が、ケラチノサイトの移動を促進していることが分かりました。しかしながら、この結論に至るまでには、大変な苦労があったそうです。

動画1 出典:順天堂大学大学院医学研究科 生化学第一講座 横溝 岳彦 先生 (動画は自動再生しております。動画が止まる場合にはページの更新をお願いします。)

「スクラッチアッセイでは傷がギザギザになったり、細胞が剥がれたり、均一な条件を作るのに非常に苦労しました。しかし、IncuCyte®とWoundMakerを導入してからは一瞬で非常にきれいにスクラッチができ、エラーバーが非常に小さい高精度なデータを簡単に得られるようになりました。エラーバーの小ささには多くの方からいつも驚かれます。このIncuCyte®で得られた結果とマウスを使った結果をまとめた論文が大きなジャーナルに掲載されました。全自動で静止画・動画と解析データが得られるのは便利ですね。(参照:図3、動画1)」

図3

図3

痂皮から放出され創傷治癒に関連する物質として、真皮の繊維芽細胞を増殖・活性化し傷口を狭めるTGF-β、創傷部位に栄養や酸素を補給するために血管新生を促進するVEGFは見つかっていましたが、肝心な傷表面を覆うケラチノサイトの移動に関与する物質は見つかっていませんでした。しかし、横溝先生の研究によって、12-HHTという脂溶性リガンドが痂皮から放出され、ケラチノサイトの移動を促進して傷口を覆っていることが証明できたのです(5)。


研究成果を人の役に立てたい

在横溝先生の研究室ではこの研究成果を応用し、褥瘡(床ずれ)や糖尿病性の皮膚潰瘍に対する創薬研究が進められています。褥瘡や糖尿病性潰瘍は傷口が常に露出しているため、細菌感染のリスクが非常に高く、患者の生活の質(QOL)を下げる大きな問題となっています。

ある製薬企業が12-HHTと同様にBLT2を活性化する化合物を見つけてくれました。この化合物を含む軟膏を作ってマウスで実験したところ、傷が塞がるスピードが速くなりました。この時の皮膚組織を観察するとケラチノサイトだけが活性化され、繊維芽細胞が傷口を狭める過程には影響が無い、というデータが取れました。この化合物はヒトの皮膚生検サンプルでもケラチノサイトの移動を促進したのです。現在、製薬企業と共同で、この化合物をより高親和性の物質に改変して、褥瘡や潰瘍を治す薬剤として臨床応用したいと考えています。

研究成果を人の役に立てたい

「最初にBLT2を見つけたのは2000年なので、早いもので16年が経ちました。私は、”面白いから研究する””分かっていないことをあきらかにすることに醍醐味がある”というスタンスを基本として研究を続けてきましたが、医学部に所属する研究者である以上、チャンスがあれば人の役に立つ研究にも携わりたいと考えてきました。このBLT2はそのポテンシャルを持った分子ではないかと感じています。自分たちが見つけた分子に由来した創薬が実現すれば本当に幸運だと思っています。」


生化学の王道

生化学研究の入り口から出口までを俯瞰する横溝先生。「幸運だった」と謙遜される横溝先生でしたが、もしどんな研究をやってもいいと言われたら、横溝先生はどんなことにチャレンジしてみたいと考えるのでしょうか。

「私は今でも"分子オリエンテッド“が生化学の王道だと思っています。まずは自分オリジナルの分子を捉え、機能を明らかにする。自分が発見した分子は自分の子供みたいなものです。その分子については自分が一番よく知っているし、その研究を続けるモチベーションに繋がるのです。GPCRはヒトゲノムに900-1000個あると言われていますが、今はそのうちの6-7個の受容体を中心に研究しています。いくつかの受容体についてはBLT1、BLT2の様に、リガンド同定から生体内での役割までをあきらかにしていきたいと思っています。元々はこうした個々の分子に注目して深く掘り下げる実験が好きなのですが、もし許されるならGPCR全てを対象とした研究もやってみたいですね。例えば1000種類のGPCR全部のノックアウトマウスを作って同じ実験系で表現型を比べてみたいですね。そうすれば、例えば創傷治癒に関わるもっと重要な受容体が見つかったりするのではないでしょうか。世界には沢山のGPCR研究者がいて、それぞれの受容体に関しては色々な論文が発表されていますが、それぞれに実験条件や環境が異なるので、それらを横並びで比較することは難しいのです。それぞれの分子の関与を公平に判断するためには、全てを同じ土俵で評価する事が重要で、それをやってみたいという夢はありますね。」


参考文献

1: A G-protein coupled receptor for leukotriene B4 that mediates chemotaxis. Nature (1997) 387, p620-624
2: A second leukotriene B4 receptor, BLT2: a new therapeutic target in inflammation and immunological disorders. J. Exp. Med. (2000) 192, p421-432
3: Cell-specific transcriptional regulation of human leukotriene B4 receptor gene. J. Exp. Med. (2000) 192, p413-420
4: 12(S)-Hydroxyheptadeca-5Z, 8E, 10E-trienoic acid is a natural ligand for leukotriene B4 receptor 2. J. Exp. Med. (2008) 205, p759-766
5: 12-hydroxyheptadecatrienoic acid promotes epidermal wound healing by accelerating keratinocyte migration via the BLT2 receptor. J. Exp. Med. (2014) 211, p1063-1078


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順天堂大学大学院医学研究科
生化学第一講座 教授
横溝 岳彦 先生 

昭和63年3月 東京大学医学部医学科卒業
昭和63年5月 東京大学付属病院産婦人科入局
平成3年 4月 東京大学大学院医学系研究科博士課程入学
平成7年 4月 東京大学大学院医学系研究科 日本学術振興会特別研究員
平成10年4月 同 助手 (細胞情報部門)
平成12年10月 同 助教授
平成18年2月 九州大学大学院医学研究院 教授 (医化学分野)
平成24年4月 順天堂大学大学院医学研究科 教授(生化学第一講座)


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※本掲載記事は株式会社キーストーンと共同製作したものです。キーストーン社運営サイトKEYSTONEから転載しております。(https://keystone-lab.com/feature/0010/0010.html)

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