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ユーザーインタビュー

iPS細胞による網膜疾患の病態解析を
創薬につなげる

mr. ohnishi

理化学研究所
多細胞システム形成研究センター(CDB)
網膜再生医療研究開発プロジェクト 研究員
大西 暁士Akishi Onishi

目は直径わずか24mmだが,ヒトは目を通して情報の8割を得ており,極めて重要な臓器である。理化学研究所多細胞システム形成研究センター(CDB)の高橋政代氏の研究室では人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用いて,再生医療と創薬の両面から網膜疾患の治療法の研究開発を進めている。


ヒトiPS細胞樹立10年で応用へ

2007年のヒトiPS細胞の樹立から10年。その臨床応用において世界で先頭を走っているのは,高橋氏である。2014年から滲出型加齢黄斑変性の患者に対して,自家iPS細胞由来の網膜色素上皮シートを移植する臨床研究を開始している。

一方,iPS細胞は,その発見当初から創薬への応用が期待されており,それを担うのが,研究員の大西暁士氏だ。iPS細胞を網膜の細胞へと分化・誘導させて,発症に至るまでのメカニズムを再現する病態解析を行う。さらに進めて,その細胞を用いて,治療 薬,もしくはその候補となる物質を探索しようというものだ。

大西氏が挑むのは,網膜の難病である網膜色素変性,緑内障,レーベル遺伝性視神経症という疾患の病態解析である。

まず,網膜色素変性は光を感じる視細胞が障害される疾患で,中途失明原因の第3位である。ほとんどが遺伝により発病し,原因となる遺伝子は50ほど突き止められているが,原因遺伝子が分からない患者の場合も,iPS細胞を利用した実験によってどのように発症したかを再現できる可能性がある。

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視細胞に分化させて病態を再現

従来は,特定した遺伝子異常を再現した培養細胞や実験動物を使って,視細胞の障害の進行状況を追跡していた。いわば,間接的な実験結果から患者の病態を予測していたのだ。しかし,実験動物で再現した病態が,正確にヒトの病態を再現しているわけではない。特に薬の効き目については,実験動物とヒトで少なからず差がある。また,ヒトでの臨床研究は,倫理面の問題からハードルが高かった。皮膚細胞ならば,組織を採取して実験することもできるが,目の場合はそういうわけにはいかない。

しかし,iPS細胞の登場により,患者から提供を受けた体細胞(皮膚細胞など)から作製したiPS細胞を用いて,網膜を培養皿の中で作製することで,ヒトの視細胞で実際にどのような不具合が起きているのかをより直接的に検証できる可能性が開けた。


細胞を保護する物質を探索

実際の研究は,以下のような手順で行われる。理研では,培養皿の上で,幹細胞から網膜を分化誘導して三次元培養する技術を確立している。そこで,まずマウスの系を用いて,網膜視細胞を緑色蛍光タンパク質(GFP)で標識し,iPS細胞から分化した後に視細胞の成熟が進んでいく様子が観察できるようにする。ここに,視細胞で発現するタンパク質を阻害する物質を加える。適切な濃度条件を設定して,視細胞で発現しているタンパク質が発現しないようになる。すると,光を浴びて網膜にストレスがかかり障害を受けるという条件が再現できるようになる。次に,酸化ストレスなどによる障害に対して効果が認められているビタミンEなどを培地に加えると,視細胞の死滅は抑えられ,保護効果が観察できる。

様々な化合物を加えて同じような実験を行えば,視細胞を保護する薬の候補物質が探索できる。製薬会社や大学などの研究機関には,新薬スクリーニング用に化合物ライブラリーが保管されている。ライブラリーには,自前で合成した化合物に加えて,試薬メーカーから購入した化合物,微生物などの生物から採取した天然物など多様な物質があり,ここから新薬のシーズを探っていくのである。

また,近年はドラッグリポジショニングという手法も注目されている。これは,特定の疾患に有効な治療薬から,別の疾患に対する新たな薬効を見つけ出すものだ。すでにヒトで使用実績のある薬であるため,安全性が認められており,新薬創製にかかわるコストが大幅に削減でき,効率的な創薬が実現できる。こうした一連の実験をヒトの視細胞を用いた系で行うことで,実際にヒトの疾患に有効な薬につなげられる可能性がある。

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IncuCyte®による実験風景。8時間毎に眼胞の明視野像とGFP蛍光像を自動撮影。


全自動タイムラプスイメージング

iPS細胞が登場し,網膜視細胞の分化誘導技術と組み合わせることで,大量の細胞を一気に培養できるようになった。しかし,の解析はハイスループットで行わなくてはならず,手作業で行うには無理があった。

2012年に大西氏が理研の研究員となった当時は,せいぜい1日に1回,それも1枚の培養皿の上の細胞の状態を撮影するのが限界だった。濃度依存性など多くの条件を設定して一度に実験を行うことはできず,時間経過とともに細胞が劣化するという好ましくない事態に直面した。

それが,全自動タイムラプスイメージング解析機器を導入したことで,ハイスループットスクリーニングが実現できるようになった。研究室で導入したIncuCyte®システムは,インキュベーター内で利用可能で,生細胞の経時的な観察と定量化を全自動で行い,タイムラプス撮影(コマ撮り)もできる。実験開始から終わりまで,すべて画像を保存しておくことも可能になった。これで飛躍的に実験の効率が上がり,精度が高まっただけでなく,生細胞にとっても申し分のない実験環境が実現した。

大西氏が「iPS細胞,細胞培養技術に,さらに機器の技術革新が加わり実験のパフォーマンスが向上した。ヒトの治療薬のスクリーニングに進む環境は揃った」と語る通り,マウスの実験を経て,次はヒトの視細胞を用いた実験に取りかかる予定だ。網膜色素変性に続いて,中途失明原因の第1位である緑内障,難病のレーベル遺伝性視神経症の創薬研究も期待される。

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発生生物学を学んだ強みを生かす

京都大学理学部出身の大西氏は,発生生物学を専門としており,網膜や目がどのようにして出来上がり,視覚がどのように処理されているのかといった基礎生物学の研究を続けてきた。創薬のように,患者に直接,成果が還元される医学の領域に入ってきたのは理研に移ってきてからだ。基礎生物学とは違う難しさにも直面する一方で,これまで培ってきた強みも発揮できる。

例えば,ある薬剤がどの遺伝子に作用して,各々の遺伝子がどのような働きをしているかを熟知していることは,大きな利点となる。米国ジョンズ・ホプキンス大学に留学中,阻害剤などを用いた発生研究の実験に多く携わったことで,視細胞の変性を再現できるような実験系を構築できるようになった。抗酸化ストレスが目に悪いならば,抗酸化剤で対処しようという発想ではなく,遺伝子レベルのよりピンポイントの治療につなげられる発想をすることができるのだ。

大西氏は,「臨床の先生とも協力して,患者さんに“光を与える”ような研究成果を成し遂げたい」と抱負を語る。

そのためには,前述したIncuCyte®で撮影した画像は,強力な武器となる。もし自らの解析には限界があっても,他の研究者や医師が見ることで,新たな知見が発見できる可能性がある。また近い将来において,AI(人工知能)が発展した後には,AIによ

る画像解析によって,人間の目では見えなかった新たな病態や治療のヒントが見えてくるかもしれないのだ。

視細胞が死滅して光を失う前に,有効な薬を用いることができれば,理想的だ。一方で,光を失った後にも取り戻せるよう,両輪となる再生医療の研究も着々と続けられている。


※本掲載記事は株式会社日経サイエンスと共同製作したものです。2017年2月25日発売日経サイエンス4月号再生医療特集に掲載された記事を転載しております。

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