cancer cells

IncuCyteユーザーインタビュー

1 個のがん幹細胞の運命解析から新たな治療法への道を模索

国立がん研究センター 先端医療開発センター 臨床腫瘍病理分野 分野長
東京大学新領域創成科学研究科 客員教授
石井 源一郎 Genichiro Ishii

がん細胞と一口に言っても,一様な細胞ではなく,一つひとつの細胞は異なり,非常にヘテロな細胞集団である。石井氏は1個のがん幹細胞の運命解析から,新たな治療法への道を模索する。

Dr. Ishii 1


階層の最上位で悪性度が高い幹細胞

がん細胞には階層構造があり,死にづらい細胞もあれば,死にやすい細胞もある。こうしたヒエラルキーのトップに立つのが「がん幹細胞」である。がんは,このがん幹細胞から発生・進行するという「がん幹細胞仮説」が提唱され,ある程度証明されている。 

幹細胞は,分裂に際して自分と同じ幹細胞を作り出す自己複製能と,様々な細胞に分化し得る多分化能という2つの特徴を持つ。分化したほうのがん細胞は最終的に細胞死に至る,と考えられており,悪性度は低いだろうと予想されている。一方,がん幹細胞は不均等分裂を繰り返すことで,幹細胞と幹細胞でない細胞を両方生み出しつつ爆発的に増える,極めて悪性度の高い細胞とされる。

 こうしたがん幹細胞の存在が,がん治療をより困難にしている。幹細胞から分化したがん細胞は,それ自体の悪性度は低いとはいえ,さらに変異を起こすとそれまでの薬物が効かなくなることもある。あるがん細胞に効く薬が見つかれば,それで治療は完結というわけではない。また,がん幹細胞は造腫瘍性が高く,免疫不全マウスの背中に移植すると高い腫瘍形成能を示す。試験管内においても1つの細胞からでもどんどん増殖しており,生体における転移を反映している可能性もある。

 石井氏は「こうした特徴から,がん幹細胞を叩けばある程度の治療効果はあると期待され,標的とした治療も開発されているが,実際はそう易しいことではない」と語る。

Fucci-expressing cells were produced to investigate the fate of cancer stem cells

がん幹細胞の運命を検討するため,最初にFucci導入細胞を作製した。Fucci導入細胞は,G0/G1期には核が赤色を,G2/M期には核が緑色を示す。ポドプラニン陽性のFucci導入がん幹細胞を1個播種し,その運命を1週間(168時間),経時的に観察した。

播種して25時間後;1個の腫瘍細胞(緑色)を認める。
38時間後;分裂して2個になった腫瘍細胞(赤色)。
76時間後;さらに分裂して4個になった腫瘍細胞。そのうち1個はG2/M期の細胞である。
168時間後;腫瘍細胞は10個に増殖している。そのうち2個はS/G2/M期の細胞。


タイムラプスで単一細胞を追跡する

精度の高いがん治療のためには,まず,がん細胞の生物像をきちんと捉えることが重要になってくる。がん細胞を集団として漠然と捉えるのではなく,とりわけ一つひとつのがん幹細胞がどのような運命を辿っているのかを捉える必要がある。がん幹細胞が分裂して多数の非がん幹細胞を生み出し,それらが死んでいくというのは,あくまでモデル上の話で,実際に目で見て検討することはそれまでされていなかった。

そこで,IncuCyte®システムを用いた実験系を組み上げた。これはインキュベータ内に設置し細胞の経時的な観察と定量化を全自動で行う装置で,タイムラプス撮影(コマ撮り)機能により,細胞のライフサイクルを追った
画像と解析データを保存しておくことが可能になる。

ポドプラニンとFucci細胞が実験の鍵

ここで,がん幹細胞を見分けるマーカーとなり得るのが,ポドプラニン分子である。石井氏らは2008年,扁平上皮がん細胞においてポドプラニンを非常によく発現している細胞が,がん幹細胞の特徴を持っていることを報告している[引用文献:BiochemBiophys Res Commun. 2008 Aug 15;373(1):36−41.]。

ポドプラニンは,がんの進行に重要な役割を果たす可能性が示唆されている。扁平上皮がんにおいて,ポドプラニンは,より限局的に基底層の未分化領域の細胞に発現している。また血小板との相互作用により,血小板から成長因子が放出されて転移が進むことが,がん研究会がん研究所の研究から示されている。一方,細胞質内においては,がん化に関わるRhoタンパク質を活性化する。

 実際にポドプラニン陽性と陰性の扁平上皮がん細胞の単一細胞を播種したところ,コロニー形成能はポドプラニン陽性細胞で明らかに高かった。これは,例えば血中に1個のがん細胞が流出しただけで転移を生じ得ることを反映している可能性がある。

 単一細胞からのコロニー形成は確認されたものの,実際どういう過程でより大きなコロニーを形成するのかは全く分かっていなかった。

 石井氏は「途中経過で何が起こっているかを見て,腫瘍形成に関わる分子機構を調べることが重要だと考えた」と語る。そこで,東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程の宮下知之氏を中心として,1個のがん幹細胞の運命を追い,腫瘍形成に関わる分子機構を調べることにした。

 ポドプラニン陽性の1個のがん幹細胞が分裂して,どのようにコロニーを形成するかを経時的に見る一方,ポドプラニン陰性細胞についても,本当に全部死んでしまうのか,あるいは生き残るのかを観察すれば,がん幹細胞の生物像をより深く知ることができるはずだ。

 この実験を可能にしたもう1つの技術革新に, 理化学研究所の宮脇敦史氏らが開発した細胞周期の進行を見る蛍光プローブであるFucci(fluorescent, ubiquitination-basedcell cycle indicator)がある。Fucciを導入したがん細胞は,細胞周期に応じて,G0/G1期は赤色, より進行したS/G2/M期には緑色となり,がん細胞の分裂の様子をリアルタイムで可視化できる。IncuCyte®を用いると蛍光2色のイメージングができる。

 そこで,ポドプラニン陽性細胞(≒がん幹細胞),陰性細胞(≒非がん幹細胞)の単一細胞をそれぞれウェルに播種して,IncuCyte®を用いて1週間,1時間ごとのタイムラプス撮影を行って動画とした。

Cell death confirmed in a non-stem cancer cell

非がん幹細胞において確認された細胞死。

  • 播種5時間後;1個のG0/G1期の細胞を認める。
  • 21時間後;核が凝集している。
  • 42時間後;細胞の断片化を認める。

生き残った細胞が大型コロニー形成

1週間後,すべてのがん細胞が赤色あるいは緑色というわけではなく,赤と緑が混在していた。そして7日間かけて増殖する間には,緑に変わって細胞死を迎えるものもあれば,再び分裂して赤色に変わるものもあるなど,1週間でかなり劇的なことが起こっていた。従来のように最後の細胞の数を数えるだけでは,こうした途中経過は分かり得なかった。

 実験は計5回行い,がんの非幹細胞253個,がん幹細胞272個について,すべて運命系譜図を作成して解析した。

 その結果,分かったこととして,がん幹細胞は分裂過程で,非がん幹細胞と比べて,細胞死を免れていた。つまり,がん幹細胞がより大きなコロニーを作ることは,細胞死を回避する機構が関与しているものと考えた。細胞周期が変化しているのではないかと予想していたが,実際の観察でそう変化がないことも分かった。

 その後,ポドプラニンをノックダウンした細胞を作製し,同様の検討を行った。その結果,死細胞の割合が有意に増加した。このことはポドプラニンが細胞死を回避させ,がん幹細胞を幹細胞たらしめている機能分子であることを示している。

 また,R O C K(R h o - a s s o c i a t e dcoiled-coil forming kinase,Rho結合キナーゼ)阻害薬を用いると,ポドプラニン陽性細胞では有意にコロニー形成が阻害された。これはがん幹細胞の征服にとって重要だろうとみられている。

 一連の結果は,2017年1月に『ScientificReports』誌に掲載された。

A genealogical tree was produced for the fates of single cancer stem cells and non-stem cancer cells

1個のがん幹細胞,非がん幹細胞の運命系譜図を作成した。この図では,168時間後に11個の腫瘍細胞が生み出されている。増殖過程で,2個は細胞死を引き起こした。(X印)
赤線;G0/G1期の時間を示す。
緑線;G2/M期の時間を示す。


微小環境を考慮して次のステップへ

 石井氏は,医学部時代に病理学の実習で細胞が様々な形をしていることに興味を持ち,形態学を中心とする病理学の世界に飛び込んだ。直接患者に接することはないが,提供を受けた検体に正確な診断を付け,さらに新たな治療法につながれば波及効果は大きい。

Dr. Ishii 2 今回の単一細胞のタイムラプス分析で,ポドプラニンが,扁平上皮がん細胞の生存およびコロニー形成能力を増強する分子機構の一端を示したことは大きな成果だ。1個のがん幹細胞は規則的に増えるといった単純な話ではなく,分裂しながら細胞死をきたすものもあれば,細胞周期の停止を呈するものもあることも分かった。

生体内を考えると,さらに複雑さが増し,がん治療を極めて困難なものにしている。線維芽細胞,血管,免疫細胞などが複雑に入り組んだ中にがん細胞が存在し成長するので,こうした微小環境を考慮しなくてはならないのだ。

「がん幹細胞と非がん幹細胞の生物像が大きく異なることが明らかになったので,次はそこに別の細胞が入ってきた場合の影響を調べていきたい」

がん細胞が手強い細胞であることを改めて確認したからこそ,やり甲斐も増す。がんがこの世から消え「がん研究センター」が不要になる日を目指して日夜営みが続けられている。


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※本掲載記事は株式会社日経サイエンスと共同製作したものです。2017年日経サイエンス11月号がん研究特集に掲載された記事を転載しております。

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